植物に心はあるのか   2021.10.12



写真を撮るくせに、以前は全く花やら植物に興味がありませんでした。 引っ越ししてから植物を育てるようになり、今や手に追えない位に

植物が蔓延っています。 当たり前のことなのだけど、植物は動きません。 泣きもしないし吠えもしません。

ペットと違って、そういう意味では簡単ではありませんね。 世話を怠ると、いとも簡単に死んでしまいます。

ネットで検索すると、

「植物は動物のように鳴きません。 声も出さないし、言葉も話さない。 だから植物には意識も感情もない、多くの人はそう考えます。

しかし、もし仮に互いにコミュニケーションを取り合うことを会話だとすれば、植物たちは明らかに会話を交わしています」

と出てきました。 森の中の木は、まるで互いを見ているかのように混ざり合わず空にそびえます。


街中を歩いていると、塀や建物の一部に木があったりします。 切ることはなく、避けて建物や塀は作られていきます。

木には木霊が宿るとされており、昔から木を根こそぎ切ると言う事は避けられてきたようです。  

冷静に考えても世の中には動物と植物しかなくて、そのどちらも生き物であることに変わりはありません。

動くから意思の疎通を声で図るようになった訳で、植物にはそのような器官は存在しません。 しかし、発声の器官が存在しないのは

植物の事情であり、意思の疎通がないと言う理由にはならないのも事実だと思います。


植物の心については、バクスター効果と言うのがよく知られています。 その効果の真偽性や検証はともかくとして、植物を育てていると

植物にも心があるのかなと感じることは多々あります。 植物を育てている人が、一様に感じることがあります。

水をやれば元気に育ち、怠ると枯れてしまう。 当たり前のことなのですが、人は植物を見て水をやりお日さまに当てます。


一日咲きのハイビスカスですが、咲く度に写真を撮り残します。 夜になりそれを忘れていて、慌てて写真を撮ったら安心したかのように

花は萎みました。 振り返ったら萎んでいて、余りにも急だったので驚きました。


葉の形が特殊なポリシャス・ギルフォイレイ・ブラッキーブラックアラリアと言う観葉植物ですが、

こちらには大変苦労させられました 。 一階から二階に上げたとたんに葉が落ちだして、丸坊主になってしまいました。

現在は以前と同じように育って来ましたが、環境を変えることは止めました。 同じ部屋の空気を吸わせ、同じ場所を往来し

同じ向きにお日様に当てると言う事を実践しています。 なんだ、おい落ちないのかといつも言いながら引きずり回しています。


植物は手を掛ければ掛けただけ、応えてくれます。 本来は野や山にあるべき植物ですが、それらはお飾りではなくて生き物である

と言う事を忘れないようにしたいものです。 



急に葉が枯れ始めたマダガスカルジャスミン。

植物の叫びは聞こえない。
葉だけが何度も伸びるアマリリス。

しかし、その葉はとても美しい。
何故? 何のために?
     
      


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