以前にこの問題の記録は残っていない、廃棄されたとして驚いたのは多くの国民でしょう。
なんと裁判所は、事務的に数多の書類を廃棄している様なのです。
会社などでは、重要書類は永久保存として残します。 これは申し送りであって、社員の義務でもあります。
行政やらは、躊躇することなく中身の重要さも鑑みず一様に紙くずとして処理してしまったようです。
保管場所が云々は言い訳です。 取捨選択をする、分別をすれば良いだけのこと。
だらだらと保管しているのはサボりのような発言があっようですが、無下に廃棄こそサボりそのものでしょう。
過去の事例等を知ろうにも書類がない。 あり得ないですね。 お役人には温故知新は存在しないのでしょうか。
総務をやっていればわかりますが、膨大な書類を一年に一度整理するのは大変な作業です。
基本全ての書類を分別しなければならず、会社が定めた3年・3年10年永久保存などに毎年格上げしなけれないけません。
その結果不要な書類は年次淘汰されるわけで、廃棄されるあまり重要でない書類が多いがために書類の絶対量は
増えません。 保管場所に困る事態にはなりません。
ただただ、労力の問題です。 この作業で、総務の社員の資質すら分かります。
積んでおく→廃棄の流れは、まさにダメ社員の行動になります。 何せ、こういう事務的で日の目を見ない事務仕事は
提出されて判を押されるがままです。 裁判記録に、これやっちゃダメでしょう。
今国会で書類をめぐり悶着が起きていますが、書類は残してこそ総務の仕事なので総務の仕事を知りもしない
議員はあれこれ言うものではありません。 残ると、こう言うことも起きると言う事です。
保管義務云々言うのは、こう言う場合の逃げなんですね。 文書が廃棄されたのは、順当な手段だと言うわけです。
どこがだよって、思われるから問題になるのですよ。 記事にもなるのですよ。
こう言う問題って、記事になったら終わりと思いますよ。 広く国民の知るところになります。
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