ピアノ東京写真オーディオスペシャルピアノ編


2016年 朧びき


ここの所親指の付け根辺りが痛い。無理に(自分としては)手を広げているからだと思います。絶対的に指が短いので、オクターブは辛いのです。
余裕がないのでミスタッチが非常に多いですね。他の鍵盤に指が掛るのと、滑ってしまうのです。何よりも白鍵の端しか叩けないので移動が苦しいのです。
子供は指を離してアルペジオの様に弾くようですが、はっきり言ってそれは嫌です。

楽譜は何とか読めるのですが、新しい曲にはカナ振りをします。正確に採譜したつもりでも、間違いに気づくのです。
気づくこと自体楽譜が読めていることになるのかな、
いや・・・ならないか。カナ振りなんぞ、センセには邪道だと怒られるだろうが気にしません。楽譜はアンチョコと同じで、答えの書いてある用紙だから
カナが振ってあってもなくても答えを見ながら弾いていることには変わりがないのです。初見とかやらも同じ、解答用紙を見て弾くのだからなんだかな・・・。
でも、ワタシは出来ませんよ。カナ振りが関の山です。

楽譜を見て弾いていると随分と記憶と違うことに驚かされます。ええっと思うことが多いですが、アンチョコは正しいのだろうから直さないといけないですね。
相変わらず左手は難しい。その難しい原因の一つに難聴があるのです。ワタシの耳は、正確に下から上まで聴感細胞が正しく並んでいないのです。
なぜ解るかと言うと、一音づつ弾いていくとかなり落ち込む音があるのです。それは「ソ」だったり「ラ」だったりするのです。
手術後880Hzの「ラ」がほとんど聞こえなくて参ったことがありました。大分回復した今でも、スケールには微妙な凸凹があると思います。
アルペジオの時に、あれっと思って何度も引き直すことが多いのです。

和音同時打鍵の場合、例えば二音打鍵の場合、どちらかが強く聞こえてしまい困るのです。しかも全部ではなく、特定の音のみ合わなく聞こえるのです。
感音性難聴(混合性難聴)とはそんなものである。健常者には絶対に分からない悩みである。

それでもピアノはまだ分かりやすいかな。人の声は簡単ではないのです。「ひ」と「い」「し」「き」は同じ音であると聞こえます。
語彙明瞭度と言うのだけれど・・・。
補聴器は音を増幅するだけで、区別まではしてくれないのですよ。家人や会社の人間の言葉は脳が推測して判断するので分かりやすいですが、
見知らぬ人は何を話すのか分からないので、言葉の理解は半分以下に落ちるのです。
だから、ワタシは病院や役所の受付が難問鬼門なのです。いつも家内と行動を共にするのです。(通訳ね)

お分かりの様に、音楽は何度も何度も聴いているもので、脳は学習が進んでいるのだと思います(初見演奏ね)。

ワタシがピアノを練習するのは、もちろん自分の為だけど、もう一つは難聴者支援のためもあります。
聴力障碍者でもピアノを弾くことが出来るんですと・・・言いたい、それが夢でもあります。

残念ながらまだまだそこまでは行けてないけど。


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