東京写真PLUS ピアノ編
春日八郎は演歌の礎を築いた | 2024.5.9 | ||
№720
春日八郎(1924-1991)は昭和を代表する歌手であり、演歌の礎を築いた人物です。
代表曲は1955年12月の「別れの一本杉」。 作詞は高野公男、作曲は船村徹。
別れの一本杉は50万枚を超すヒット曲でしたが、船村徹の作曲家としての地位を確固とし
た曲でもあります。 高野と船村は、大学時代からの無二の親友でした。
高野は翌年曲が大ヒットするさなか、結核のため26歳で死去します。
同年「別れの一本杉」は映画化され、その中で春日が歌手として出演しています。
(※ ウイキペディア様より引用)
春日八郎最大のヒット曲は「お富さん」125万枚を売り上げています。
しかし、春日はこの曲が大嫌いだったそう。 レコーディングもしたくなかったと
言って騒動になった経緯があります。「別れの一本杉」は、その1年半後発売されました。
魚心あれば水心、かくして「別れの一本杉」は春日八郎の代表曲となります。
春日八郎の生涯の販売枚数は、7000万枚を超すとされています。
春日以後の美空ひばりは、死後30年の2019年にCD・カセット等も含め1億1700万枚を
売り上げています。
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別れの一本杉
赤いランプの終列車
お富さん
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